過去を振り返ってみたあなたへ

3月11日、東日本大震災が起こった日が近くなると。テレビで、当事者のインタビューが放送されているのをみることがあります。

 過去の苦しみを、再度言葉にするのは辛いだろうに。悲しみを隠し、笑顔さえ浮かべ話してくださる。

 実は、私も今日はたまたまそんな場に居合せることになりました。

 宮城県の七ヶ浜にある、とあるカフェにて。

 カフェの店主が、震災当時のことを、ユーモア満載で話してくれました。

 「自宅2階のトイレに避難してたの。外は静かだった。トイレにずっとこもっているのも嫌になってきて。トイレのドアを開けて、部屋のカーテンを開けたら。近所の家が津波で流されていて、あたり一面海になってた。家の中の階段にも水が入ってきて。タイタニックのヒロインになったと思ったわ!キャッ❣️」

🥺😊

本当に全部、笑顔で、明るい口調で話してくださったのです。

逆に、聞いていた私の方が暗い顔になっちゃったのですけども😣

(辛い記憶を、無理せず、明るく話される姿、神々しく感じました✨)

そして。最後に。

「当時のカフェ、家は流されてしまったけど。お陰で、新しいこの新しいカフェを建てられたの。暖炉もある古民家風で、私の夢が叶ったのよ。

私は、過去はあまり気にしない。

今を生きるわ!」

カッコイイ女性店主でした。

この話しから、

過去の辛い体験を思い出すときは、そのときがあるから今があるとか、

今やることや、今の幸せに意識を向けるとか。

そんなふうにしていったら、

幸せを謳歌できるな

と感じました^ ^

因みに。私は、この日(3.11)が近づくと、こんなことを思い出します。

有難いティータイム。あ、これは七ヶ浜ではありませんけども^^;お客様のイメージでカップを選んでくださるお店です\(//∇//)\♡

いま、生きているのは、当たり前じゃない。

 

逃げられるときは逃げればいい👍それが、結果的には自分はもちろん人のためにもなる  (・)

7〜8年程前。

姉を亡くしたとき。

実家には、父とワンちゃん。

精神科の病院には、母が入院していました。

そのとき私は、仙台の病院で、呼吸器循環器病棟の看護師として働いており。1ヶ月後には関東のより高度な医療が体験できる病院で働く予定でした。

しかし。姉が亡くなり辛い時に、また母の看病を父だけに任せるわけにはいかず。。。

事情を職場に説明し、関東の病院への転勤はとりやめていただきました。。。

(数ヶ月前にはご挨拶にも伺っていたし、本当に申し訳なかったのですが)

また、呼吸器循環器病棟での勤務は、自分には荷が重すぎると半年以上前からわかっていました。

その流れで、4ヶ月後くらいに、その勤務していた病院も退職しました。

man wearing blue scrub suit and mask sitting on bench
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仕事をやめて、3ヶ月くらいのんびりしようと思ったとき。

ひとりの男性に出会いました。

この男性は、人と付き合うことの楽しみを教えてくれた人。

私は、ひとり暮らしをやめて実家には帰ったけど、

仕事を再開してからは、母への面会は積極的にはせず、彼との楽しい時間を優先していました。

しかし、その彼と別れたあとは、

徐々にですが、母のよりよい病院探しを手伝ったり、仕事時間を減らして介護を優先する生活を選択し実行できるようになりました。

たぶん、これは、彼と出会い楽しい時間を過ごせたからできたことだったと思います。

pensive grandmother with granddaughter having interesting conversation while cooking together in light modern kitchen
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