3.11から教えてもらったこと(仙台市内の当時の生活状況を振り返って)

 こちら、宮城県仙台市に住んでおります^^

今年の3月は、地震が多く、又震度も大きかったので

私の大好きな映画館や温泉施設はまだ休館中です

(復活できますように⭐️)

🌸🌸🌸

3.11の時は、県内全体の施設、住宅街、道路が大変なことになっていたので

確か、2〜3ヶ月くらい、

どのお店も開けなかったし

家の中であたたかいご飯は食べられませんでした

(停電や断水。すべての信号が点かない道路は異様でした。でも、交通量が多い交差点でも、皆互いに譲りあっていたので、事故は聞きませんでした

 我が家では、東北の3月は雪がちらついたりもする寒さでもあったから、電気の入らないこたつに入って、気持ちだけでも暖をとっていました。いつ電気がつくかわからなかったから、ホッカイロはあったけど、なるべく使わないようにしていました)

🌸🌸🌸

そんな中、ラジオでは沿岸側の津波、山の大火事を知らされ、自分もいつ死んでもおかしくなかったと知りました。

実際、同僚の家族は当事者に。

🌸🌸🌸

私は病院看護師だったので、ガソリンを節約(ガソリン補充するにも3時間待ち、かつ10ℓまで)しながら、職場に泊まりこみで仕事したり、夜勤明けで帰宅途中、スーパーの棚卸しに1時間並んで食パン菓子パンを買いこんだりしていました。

頑張ったなあ😢

本当に頑張った

近所のスーパーでは、冷凍食品はもう冷凍できないからと1個100円で売ってくれていました。母と買いに行った良い思い出^^母は何故か、100円になったマーガリン❓バター❓を二つも手に取っていました。パンにちょうど良いね。そしてめっちゃお得だったね。

🌸🌸🌸

そんな、家族を大事に、最優先に生活する中。もちろん家族の幸せが私の幸せでもあるのですが。

一方で、いつ死ぬかわからないなら、

前からしたかった、一人暮らしをいますぐしたい。

と感じ、確か6月くらいに実行しました^^

🌸🌸🌸

良い経験ができました

まあ。いろいろありまして。

1年ほどで実家に戻ったのですけどね^^

🌸🌸🌸

えーと。要するに。

残り自分の人生が1年とか10年とか

実は必ずあるという保証は全くないのですよね

🌸🌸🌸

だとしたら、あなた様は、今日、来週、今月、何をしたいですか?

この視点、

何かを変えたいときや

自分軸ではなく他人軸に偏りがちだった方に

響く言葉だと思います

もしそれに向き合うことができたら

貴方様仕様の新しい世界が開いてきますよ

Photo by Tessa K on Pexels.com

震災は辛い話だけではありません

神戸の震災の経験者が、下の道路(高速道は不通)を通って生キャベツの差し入れをトラックいっぱいに持ってきてくださいました。

私の親戚も、長い距離を運転して、簡易コンロを持ってきてくださいました。

当時、まだ電気が通らない我が家に

隣町から握りたての手作りおにぎりを差し入れしてくださった方がいました。

職場には大手会社からパンがたくさん支給されました

⭐️⭐️⭐️

約3ヶ月ぶりにお米を炊いて食べれたこと

約3ヶ月ぶりにお風呂に入れたこと

フライパンでお肉と野菜を焼けたこと

本当に感動しました^^嬉しかった

大変だったけど、だからこそ味わえた心あたたまる思い出もたくさんたくさんあります

🌟🌟🌟

Back Music ♪ YOASOBI 群青&ハルカ

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